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初めまして、チームビルディングス株式会社の中島です。このページで少しでも私のことを知っていただければと想い、書きました。どんな半生を経て今この仕事をしているのか、その辺りを少しご紹介したいと思います。

幼少期〜小学校

出身は、愛知県名古屋市緑区。今は開発が進み、住宅街になりましたが、幼少期のころは、家の前には大量のおたまじゃくしやカエルがいるような自然豊かな場所でした。とても人見知りで、母以外は本当にダメだったのを覚えています。小学生になると、友達にも恵まれ、虫取りや秘密基地作りなど、とにかく外で遊んで過ごしていました。

暗黒の中学時代

この仕事を始めた一番最大のきっかけは、中学時代、人間関係に悩んだことです。
当時、通っていた中学はマンモス校と言われており、3学年で1,000人を超える生徒がいました。ある出来事がきっかけで人間関係がうまくいかなくなり、学校に行くのがとても憂鬱で、よく保健室に行って無理やり体温計をこすって熱くし、早退するを繰り返すようになっていきました。笑 

家でも思春期真っ只中で、些細な事で苛立ち、よく家の壁を蹴ったり、殴ったりしていました。中学時代は、成績も非常に悪く、基本的にオール2以下 笑。

もう本当に何をやってもうまくいかない、自分自身に全く自信がなかったことを記憶しています。

自信が育まれた高校時代

近所のおばさんの勧めで(そのおばさんが勤めていた)塾に入塾。塾の先生の熱心な指導のおかげで、無事に高校に進学。その高校は、部活に入らないと行けない高校だったので、柔道部に入ることにしました。

(小さいころからジャッキーチェーンに憧れていて、格闘技(特に空手)をやりたかったのですが、空手部がなく、柔道部に入っりました)

でも結果、この柔道部に入ったことが人生の転機となりました。この柔道部で人生の恩師となる顧問の杉原先生に出逢いました。杉原先生は、1人ひとりの生徒をよく見ており、ちょっとした成長をとても褒めてくれる。(怒るときは涙を流して本気で怒ってくれる人でした。)

本当に自分の中で衝撃的で、こんなに見てくれる人がいるんだという嬉しさや喜びがありました。この3年間がきっかけで、「自分でもやれば、できる」
という勇気と自信をつけることができました。

今の仕事を始める決め手となった大学時代

大学は、アニマルセラピーを学ぶために、山梨県の大学に入学。とは言え、そこでアニマルセラピーの勉強をすることはなく、野外教育にのめり込んでいきました。大学3年生のときに、(野外教育の中の)冒険教育から派生したチームビルディングの一つの手法に出逢い、「これは人と人とが心から繋がることができる」と確信し、今の仕事を目指すことを決意。

※チームビルディングは、「一つの目標(目的)に向かって、メンバーの気持ちを想いを一つにして向かっていけるようにする手法」のことです。

ただ、このチームビルディングを仕事にしている組織はあまりなく、ほとんどがフリーランスでやっている人ばかりでした。収入的にも波が激しく、学生ながら「あまり食べていける業界ではないな」と感じてました。

修行の会社員時代

だとしたら、「もっと自分で食べていけるようにすれば良いんだ」と思い、そのためには「経営」の知識、コミュニケーションスキルが必要だと感じ、経営とコーチングがどちらも学べるベンチャー企業に就職。このベンチャー企業は初の新卒を雇用するということで、今ふりかえってみると、たくさんの期待をかけてくださったと思います。終電近くまで毎日仕事をしていたものの、思ったような成果を残せず、1人の女性の上司と合わず、苦しい時期を過ごしました。
その会社の社長には、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

そこから2年半勤め、独立。チームビルディングス株式会社の前身となる株式会社僕らの家を創業。そして今に至ります。(またこのあたりは、別の機会に記事を書きます。)

中学時代とサラリーマン時代、自分は人間関係でとても悩みました。多かれ少なかれ、こうして人間関係で悩んだことは今振り返ると財産です。悩むことがなければ、今の仕事はしていないと思いますし、恩師の杉原先生にお逢いすることもなかったと思います。まだまだできないことも多いですが、杉原先生のように、1人ひとりと本気で向き合い、褒め、ぶつかれる男でありたいです。お客様との関係もそうでありたいと思います。

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